ぽたぽた焼きの思い出

誰しもが、思い出の食べ物ってあると思う。
味覚と嗅覚って本当に強烈で、嗅ぐだけで、食べるだけで当時の自分の感情がぶわーーっと押し寄せてくる。
私は小学生のとき、いじめとまでは言わないけれど、ちょっとしたハブやいじわるをされている時期があった。
私は人より覚えの悪い子供で、クラスのみんながすいすいとできることもワンテンポ遅れてしまう子供だった。
おとなしい性格でもあり、からかわれても言い返せずえへらえへらとしていたから、ターゲットになりやすかったんだと思う。
お友達のホームパーティに呼ばれない。呼ばれた子たちは翌日楽しそうに、わざわざ私の前でその話をしたり、交換したプレゼントを見せ合う。
かくれんぼで隠れていたらいつまでたっても誰も見つけてくれなくて、ふしぎに思って教室に戻ったら、ほかのみんなはきゃっきゃと黒板にお絵描きをしていた。
お気に入りの白いセーターは、気が付いたら背中に絵の具でいたずら描きをされていた。
その小さな悪意は当時の私の胸をえぐるような威力があった。子供の時って、学校のクラスの小さな教室が世界のすべてだったから。
狭いのに宇宙みたいだった。まっくらで、周囲の宇宙人たちは私に理解できないことでクスクス笑っていたから。
クスクス笑いが起こるたびに、みぞおちから食道にかけて、ずーん、としか言えないような重さで何かが駆け上がってきてこめかみや脳みそがキーンとして、わきの下の脈がすごく早くなるのに、手は驚くほど冷たくなる。
その時の現象を、私はうまく表現できず、母親には「学校に行くとずーんとしてひやっとするの」と言っていたそうだ。
当時9歳だった私の頭頂部は、気づいていなかったけれどうっすら髪の毛が薄くなっていた。
祖母が数年後にそっと教えてくれた。首が座る前に美容室で散髪をされていたくらい、髪の豊かな子供だったのに。母親はさぞ心配だっただろう。
朝、鉛のような足取りで学校に行く私の背中を、角を曲がって見えなくなるまでずーっと見守ってくれていた。
この間、会社の同僚がぽたぽた焼きを差し入れにくれた。ぽたぽた焼きなんて、もうずいぶんと食べてない。
懐かしいなと思いながら封を開けて一口かじると、きた。あの「ずーんとしてひやっと」した感覚が。
それはそれは衝撃的だった。身体の感覚は9歳の私の感覚を覚えていて、鮮明に再現した。
そういえば、9歳のころ私は家のおやつをぽたぽた焼きにするのにはまっていたんだった。
一度おやつに出て「おいしい」といったら、母親は毎日それを買ってきてくれた。
牛乳と、ぽたぽた焼き。狭くて絶望的な宇宙から、安全な我が家に生還した私が毎日食べていたおやつ。
母親がいて、わがままが言えて、宇宙のことを忘れられる時間。
ぽたぽた焼きは、苦しい時期をともにした戦友だった。
同僚に罪はないけど、当時、この暗い日々がずっと続くと思いながら耐えていた自分がかわいそうで愛おしくて泣けてきてしまったのでトイレに避難した。
ぽたぽた焼きはおいしい。今でも大好きだけれど、「ずーんとひやっ」なしに食べられる日はまだまだ遠そうだ。